70ー80年代ロック名曲セレクション

ハード、ポップ、プログレ、ファンク、・・・等々、1970ー1980年代の洋楽ロックの名曲を独断と偏見でご紹介。この曲達を聞かずして、ロックを語ること無かれ。

デビッド・フォスターによる老舗バンドの復活劇! CHICAGO "Hard To Say I'm Sorry" (1982)



収録アルバム "Chicago16"


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今回ご紹介するのは、アメリカの老舗ロック・バンド "CHICAGO" が1982年にリリースした14枚目のスタジオ・アルバム "CHICAGO 16" からの大ヒット・シングル  "Hard To Say I'm Sorry"(邦題:素直になれなくて)です。

 

シカゴは1969年に "The Chicago Transit Authority"(邦題:シカゴの軌跡)でデビューしました。
デビュー当初は「シカゴ・トランジット・オーソリティ」というバンド名でしたが、デビュー・アルバムのリリース後に「シカゴ」に変更しています。
デビュー・アルバムもそこそこ売れたのですが、1970年にリリースした2作目の "ChicagoⅡ" からシングル・カットした "25 or 6 to 4"(邦題:長い夜)が全米1位の大ヒットとなり、一躍トップ・バンドの仲間入りをします。

その後も "Saturday In The Park"(邦題:サタデイ・イン・ザ・パーク)、"If You Leave Me Now"(邦題:愛ある別れ) などのヒット曲を連発し、アルバムもリリースするごとに全米1位を獲得、1970年代はアメリカン・ロックの頂点に君臨し続けました。

 

バンドとしての絶頂期にあったシカゴですが、ギタリスト、テリー・キャスの拳銃暴発事故による死亡、長年バンドを支えてきたプロデューサーの解雇などにより、徐々にその輝きが失われてしまい、1980年にリリースしたアルバム "Chicago XIV"(邦題:シカゴ14) は、全米71位という商業的な大失敗作となってしまいました。

 

しかしその後、デビッド・フォスターをプロデューサーに迎える大勝負に出たのですが、これが見事に大当たり。
プロデュース後の初アルバム "Chicago16"(邦題:ラブ・ミー・トゥモロウ(シカゴ16))を1982年にリリースし、"Hard To Say I'm Sorry"の大ヒットを呼ぶことになったのです。

 

デビュー当初のシカゴのサウンドの特徴は、ブラス・セクションを全面的にフィーチャーしていることであり、その類のバンドの中では先駆者的存在と言えます。
ハード・ロックとはまた一味違った、男臭さの中にも華がある、「大人好みのロック」と言えるようなサウンドを得意としていました。

 

フォスターのプロデュースでは、その路線を基本的には継承しながらも、フォスター得意の都会的なAOR寄りのサウンドを基調として、ブラス・セクションをバランス良く配置しています。

 

"Hard To Say I'm Sorry" はまさにフォスターならではの美しいバラードです。シンプルで憂いのあるメロディ・ラインが実に美しい曲ですね。
しかし、この曲の魅力はそれだけではありません。
この曲のもうひとつの魅力は、ピーター・セテラのボーカルにあります。強いハリのある男前な声の中に、繊細さ、優しさ、弱さが見え隠れして、実に味のある歌声です。この声に心奪われた女性も数多いのではないでしょうか。

 

このアルバムからは、"Love Me Tomorrow"(邦題:ラブ・ミー・トゥモロウ)もシングル・カットされましたが、こちらもピーター・セテラの緩急自在のボーカルが冴え渡る1曲です。


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